僕自身のこと | 風景写真家 落合勝博 ゆるブログ
これから結婚します
category: 僕自身のこと
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    どもども、こんにちは。

    最近、すっかり記事を書く時間が取れなくて、楽しみにしている読者の皆様には申し訳ありませんでした。

    というのもですね、今日のお昼に結婚するのです。
    その準備でとっても忙しい毎日でした。
    まだこの記事を書いている段階では終わってないのですが(^_^;)

    お相手は、長崎在住の女性です。それで今年は、旅行の行き先と言えば全部長崎。生涯でこれほど頻繁に飛行機に乗ったのは初めてです。今年だけで30回くらいは乗ったんじゃないかな(^_^;)

    その間も写真は撮っていたのですが、とにかく現像するだけの時間がなくて。ですが、長崎だったら、かなりの場所に出掛けたので、自分が住んでいる神奈川よりもたくさん撮っているかも。だいぶストックはたまりました。

    記事を書けるほど生活に余裕ができるには、もう少しかかると思うので、再開までもう少しお待ちください。幸い、私の記事は何度も噛みしめることで本当の意味を理解できるようになるものもありますし、ちょっと上手くなってから読むと、また新たな発見があったりするかもしれません。

    ではでは(^^ゞ
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    7年前に心身症で苦しんだ頃のこと
    category: 僕自身のこと
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      『「自分をえらんで生まれてきたよ」が凄い』という記事に対して、「どうして立ち直れたのですか?」という質問を受けました。ちゃんと書くとコメントで書くような長さにはならないので、、、ついでに、定期的に読んでくれている読者に対して、僕が写真を撮っているバックグラウンドを理解してもらうためにも記事にしておこうと思いました。

      心身症とか鬱とか、そういったメンタル系の疾患にかかってしまった人も、かかった人が身近にいて適切にサポートしてあげたい人も、あるいは写真を撮るためにはどういったモチベーションや観点があるのかや、僕のファンなので僕のことをもっとよく知りたい(笑)など、読む人、それぞれの立場で、何か、気づきが得られればいいな、と思います。

      まず、どこから話し始めたものか、、、。

      最初に僕自身のことを書いておいた方がいいですよね。

      僕の職業はメーカーの研究職でした。一人で孤独にPCに向かって資料を書いたりデータを採ったり、そういうことが多い職業です。たまに外注を頼んで試作をしたり、お金がない時や任せられない時には自分でプログラムを書いたり、あと論文を書いたり特許を書いたり、、、。別に孤立していたわけではないのですが、仕事上の接点がないので、あまり人に相談する、という雰囲気でもありませんでした。とても静かな毎日でした。

      性格は、親類から固すぎるとかまじめすぎる、と言われてしまうくらいです、、、でした(笑)。写真でも分かるように、自分を追い込んで成長することに楽しみを見つけてしまう「忍耐」タイプです。これだけは今でも変わらない特性ですね。

      さて、まずは、発症の1年半くらい前から始めましょうか。

      当時、仕事があまり上手くいっていなくて、研究者としての限界というか、元々研究者になりたかったわけでもなかったですし、どうしていいのか分からなくなってきていました。毎日お昼には散歩していたのですが、その散歩の時にお腹が痛いことが多くて、胃薬を飲む機会が増えたな、と感じていたものです。散歩のコースの途中でドラッグストアに寄って薬を補充したり。今、思えば、まずこれが最初のストレスの兆候だったんですね。

      そこに、さらに遡ること何年か前に父が亡くなった時に、母が元気がなかったので、なにかペットを飼えば元気が出るかと思って。犬猫は死んだら嫌だというので、文鳥を飼うことになって、たいそうかわいがっていました、、、僕がね(笑)。その文鳥がツメの手入れの最中にすごく抵抗していて、母におさえつけてもらっている間に僕が切っていたのですが、突然ぐったりしたことに気付いて、あわてて離すように言って。その文鳥は僕の両の手の中で動かなくて、どんどん冷たくなっていって。動物病院に急いで連れていったのですが手遅れでした。ショック死だったんだと思います。凄く悲しくて泣きました。自分のせいで死んだのでは?自分を責めました。これがストレスの二つ目。

      この日を境に、何かにつけて、会社が悪いとか上司は見てくれないとか、凄くネガティブな感情に支配されていたことを覚えています。文鳥の死にたいしての責任もずっと感じていて。それでもふさぎ込んでいたとか、そういうことはなかったのです。ただ今、思えば、一ヶ月以上ネガティブな感情が続いた場合、それは鬱状態なので、、、僕にその知識があるか、誰か分かる人に相談していれば、ここで軽度の鬱ということで終わったのだろうな、と思います。

      時は流れ、発症から9ヶ月前の3月のある金曜日。その頃、研究所の引っ越しがあり、その職場の引っ越し委員を引き受けていました。その日は半年くらいかかった引っ越しがまさに終わる最後の日でした。最後の便が出て行って、僕の肩の荷が下りた瞬間です。上司に「ちょっときて」と別室に呼ばれました。2年ほど、事業部付きの研究所(純粋研究ではなくて実用研究をする部門)に行って修行してきて、という内容でした。僕は、何のためにがんばって引っ越しをしたのか意味が分からなくなりました。それと、部門は細かく変わってきたとはいえ、勤務地が大きく変わるのは初めての体験で、そこも不安になりました。

      土日は、なんだか少し眠りが浅いな、と。

      そしてあけて月曜。目を開けてるのがつらいな、と感じたのです。会社の帰りに眼科にかかると「ドライアイ」とのこと。さっそく、ドライアイ対策として目の中の涙点に涙点プラグという樹脂を埋め込んで涙が流れ出る量を減らすことで防ぐ措置を取りました。少しよくなりましたが、やっぱり乾いた感じはいつもあって、しょっちゅう目薬を差すことになりました。ちなみに、今はドライアイも完治していますがものすごくフィットしてしまった涙点プラグは今も両目に入ったままです。この間、久しぶりに眼科にかかった時に相談したところ、特に問題がないなら無理に外さなくてもいい、とお医者様に言われてしまい(汗)。

      この数日後に、まだ不眠が続いていて、内科にかかると睡眠導入剤を渡されました。ドライアイと不眠。この二つが最初の心身症の兆候だったのです。

      引っ越し先で、あと数週間の研究所暮らしとなり、同僚や後輩に仕事の引き継ぎをしていました。それと並行して後輩の特許の執筆の相談を受けていたのですが、どうも、いつものような集中力がなく、深い議論ができない、なんだろう?と違和感を覚えました。少しイライラもしていました。今、思えば、いかにも鬱っぽい症状ですよね。

      そして、4月。場所も変わった新しい職場。それまで神奈川県の勤務でしたが、この日から東京都内の勤務となりました。レインボーブリッジとか、東京タワーに歩いていける距離間の場所です。
      自分で言うのもなんですが、僕は学習能力が高く環境順応性が高い方なので、新しい職場で、こういった問題を解決して欲しいと頼まれて、はりきって遅くまで資料作成していました。僕は「裁量労働」の対象で、働いても働かなくてもこれだけ働いたこととみなす、という制度で働いていました。そうした制度があっている職業でもありました。それで、時間管理がされないもので、毎日早くから遅くまではりきって仕事をしていました。家から職場まで遠いこともあり、朝6時半過ぎに家を出て、帰りが10時くらい。それから夕食を食べてお風呂に入って寝て起きて朝食を食べて顔を洗って出かける、その間8時間。これが多いか少ないかはもっとひどい人もいると思うので何とも言えませんが、、、。これがまた新たなストレス要因になっていくわけです。鬱になる人のきっかけの大半は勤務地が変わったことと長時間労働が関わっていることが分かっていて、明らかに危険なことを重ねてやっていたわけです。しかも兆候があった中で。

      6月。なんだか、電車に乗っていて胸が苦しくなって、思わず、しゃがんでしまいました。なんというか、胸がしめつけられるような痛みで耐えられなくなってしまって。その後も毎日、電車に乗っていると行きでも帰りでも動悸があったり痛かったりしました。なんだろう?とは思ったのですが、、、この頃はストレスに鈍感だったので、それ以上、深く考えもせず放置しました。ちなみに、仕事は割と順調で、おそらく期待されていたよりも成果を出し始めていた時期です。

      9月。ついに仕事を大きくしてみることになって、プロジェクト化して人を増やすことになりました。自分では扱ったことがなかったような大規模な試作をすることになり、そのリーダーとして、非常に充実感をもって仕事をしていた頃です。色々症状は出ていましたが、特に考えることもなく過ぎていきます。

      12月初旬。ある日、キーボードを打つ指になんだか違和感があるなと気付きました。その次の日も、そしてその次の日も。しかもだんだん痛みに変わってきます。一週間後、ついにこれはおかしいのではないかと心配になり始めました。どうも力が弱まっているらしい。足にも力が入らなくなってきました。それでも、ちょっと疲れているんだろうと自分に言い聞かせて毎日仕事をしていました。

      12月中旬。これはいかん、ということで、初めて鍼治療を受けることにしました。以前にムチウチで苦しんでいて、整形外科ではこうした筋肉系の症状は治らないと経験していたためです。ところが鍼を受けても全く改善が見られません。鍼の先生が言うには、ここまで酷いと、一度、病院に行くべきです、とのこと。何科をかかればいいか尋ねたところ、「まずは」整形でしょう、ということで、マリノスのチームドクターをしていた佐々木病院の整形を訪ねました。スポーツ医学を専門にしている所ならば、筋肉系も詳しい可能性が高いので。偶然でしたが、そこは凄くまともな先生が多い病院で、頼もしかったのですが、、、整形ではこの症状は分からず、関東労災病院の外科で脊椎の権威を紹介されました。クリスマスなのに大変だね、と同情されてしまいました。

      1月。手始めはその外科で脊椎の診断をしてもらうことから始まりました。レントゲンを見ても先生にも原因が分かりません。「キレイな脊椎だね」と褒められました。、、、あまり嬉しくなかったことを覚えています。それで、同じ関東労災病院で日を改めて全身の検査をしてみることになりました。血液は膠原病など難病の類の全ての項目について検査をし、神経の伝達に問題がないか「ものすごく痛い」試験も行いました。あの神経の試験は二度とやりたくありません。電流を腕に流して伝達速度を見るのですが、スイッチが押されるたびに、ハンマーで殴られたような衝撃が腕に走って、、、。一日がかりの検査で、帰りには、かえって体調が悪化したことを覚えています。

      そんなこんなを繰り返して病院を往復していましたが、この間にもどんどん力は入らなくなって、途中でどれだけの状態にあるのか正確に知るために、握力計を買って毎日計測していたら、最も悪くなった頃で11kgしかありませんでした。これは子供の握力すらない状態です。扉を手で開けることができなくて、ノブを回したら全身でもたれかかって開けていました。電車に乗るのも苦痛で。足はがくがく震えているのですが、見た目は普通なので、誰かが席を譲ってくれるわけでもなく。満員電車に乗るとちょっと押されるだけで自分を支えることができなくて足の甲の筋肉に激痛が走ったので、できるだけ満員電車に乗らないように気をつけていました。

      で、どんどん力は抜けていくし、原因は分からないしで、これは来週は死んでるかもしれないな、とか、死ぬのは数ヶ月後としても、とりあえず、仕事を続けるのは無理で、多分、この電車には来週は乗っていないかも、と思って通勤していました。キーボードを叩くのはついに無理になって、シャーペンを両手に持って、ペン先でペコペコ打っていました。音声認識ソフトも使ってみましたが、職場で声の大きい人がいて、その声で全部ダメになるので使い物になりませんでした。それで、いつ仕事に来られなくなってもいいように、リーダーとしてやっていた仕事をできるだけ他の人に任せるように引き継いでいって、いつでもフェードアウトできる状態にしておきました。もう死を覚悟した頃です。どうせ死ぬなら、どう死のうかなとか、それまでどう生きようかな、とか、そんなことばかり毎日考えていました。いつ出てこなくなるか分からないので、不思議と休まなかった時でもあります(笑)。

      2月。一年前から睡眠薬は地元の総合病院の内科で処方していただいていました。その日は、たまたま内科に外来で来ていたのが大学の心療内科の先生でした。初めて見る先生で、心療内科というものの存在も、心療内科の先生が定期的にこの病院に来ていることも初めて知りました。その先生が、こういうテストがあるんだけど受けてみる?と薦めてきたのが鬱かどうか分かるテストでした。質問が何十個か並んでいて、それに回答していって点数化してくれます。それで、これは心身症(原因は同じですが、鬱は心に出るもので、心身症は身体に症状が出ます)だねと、やっと確定診断がされました。ただ、これは鬱や心身症になった人はみんなそうだと思うのですが、自分では精神系の疾患だとは認めたくなくて、精神科には行きたくないものなんです。なんだか、自分が弱虫で負け犬じゃないか、と認めてしまうようで怖くて。だから初動が遅れるんですよね。

      で、その先生はその診断結果の細かい説明の後、こうおっしゃいました。
      「どうも自分に厳しすぎるようだ。どうか、自分を自分で許してあげて欲しい。」
      と。

      その言葉を聞いて、ああ、そうか、僕は自分に厳しすぎたんだ、とすごく納得してしまったんです。
      病院からの帰り道、夕方で暗くて曇ってすらいましたが、なんだか光が差した気持ちで、あれも許す、これも許すと、自分以外にも今までイライラしていた世の中の全てのことを許す気持ちになって、気持ちがとても軽くなりました。

      あの日、この先生に会わなければ、まだ僕は延々と違う科にかかっていたかもしれませんし、鬱ではなく心身症だったので鬱ほど精神的に自分を追い詰めてもいなくて本当にそうなったかは分かりませんが、ひょっとしたら毎年3万人もいる日本の自殺者の一人になっていたかもしれません。
      そうした意味で、この先生と出会えたことは僕には幸いでした。

      その日を境に、徐々に力は戻っていき、、、

      9月。月日は流れ、まだ手足には痺れも残っていましたし、力が完全に戻ったわけでもありませんが、握力計を見る限りは8割ほどは力が戻っていました。ただし右手の小指側の筋肉には握っている感覚は全くありませんでした。それでもここまで戻ってきたことに自信が出て来て、しばらく行っていなかった旅行に行こうと思いました。

      10月。オーストラリアのパック旅行に行きました。カンガルーを見て、食べて(笑)、ユーカリをかいで、コアラを抱き、なんだっけあの一枚岩、、、そうそうエアーズロックに登り、知らない鳥を追いかけて記録し、カジノでスロットを当て、、、そして全部すり(笑)、夕日がキレイな海岸のホテルで寝て。初めてシュノーケリングをしてウミガメとナポレオンフィッシュに出会う幸運に恵まれ。本当に楽しかったです。こんなに楽しんだのは多分人生で初めてじゃないかと思います。多分、心身症で世界を疎ましく思った時期があって、そこから回復したから、一時的に感受性が高まったのだと思うのですが、、、。

      そして、あの帰りの飛行機の中で、飛び立つ前に、もう一度窓の外に赤い大地を見た瞬間に、突然頭の中に「ダイビング」「カメラ」という二つのキーワードが刷り込まれていたのです。その前には全く興味がなかったこの2つのキーワードがどうして頭の中に急に沸いたのか全く分かりません。今も分かりませんが、とにかく、この2つを帰国したらやろうと思って、まず始めたのが写真だったのです。

      風景写真は、さらに僕の症状を改善するのに役立ってくれました。自然の中で誰もいない所で、黙々とよりよい表現をもとめて、何時間も立ち尽くすというのは、こうした僕の状況を考えれば体力的にはキツかったのですが、それを越えてなお、自然と一体化してこれ以上はないというほど集中して細かく観察し、自分の心の声に耳を傾け、ただひたすらシャッターを切る、、、これほど没頭できる趣味をかつて持ったことがありませんでした。この時の、ストレスの原因を「完全に忘れられる対象を持つ」ということが、結局は、現在は完治し、以前よりも賢く生きることができるようになったキッカケだったのだろうと思います。写真をしていなければ、多分、ここまでの回復はできなかったのではないかと思います。

      そうしたわけで、僕は、風景の中に潜む生命と光に対する感受性が非常に高まった状態から写真の道に入ることができました。それが写真における僕の強みなのだと思います。

      元記事で、「りおくん」が凄いなと思うのは、自分を許しているだけではなくて、お母さんを許していること。そしてみんなのために広めて欲しいと言っていること(=みんなを許している)。ほとんどキリストの説話みたいなレベルだと僕には思えました。残念ながらここまでの悟りは僕にはできなかったのですが、それはやっぱり困難のレベルに比例するんだろうなと。でも、確かに「あの日」に感じた光のイメージは天からやってきたことだけは今も鮮明に心に刻み込まれています。それが僕の写真のイメージを形作っている一部なんです。

      そうして完治までは結局それから数年を必要としましたし、会社では出世からは外れちゃったし、性格もほどほどにテキトーになってしまいましたが、自分をいつでも許せる心を持てるようになって人生に少し余裕ができました。おかげで、あの体験に至ったことについては、後悔は全くありません。多分、あの頃の頑固ちゃんな僕にはリセットボタンが必要で、あの時押せたリセットボタンは、アレしかなかったんだろうな、と思っています。
      実は完治とは言っても、右手の小指側はまだ少し感覚が弱いままです。多分、一生そうなんだろうと思います。ですが僕はこの症状が残ったことに感謝すらしています。この小指はとても便利で、僕が心で気づいていないストレスを敏感に察知して教えてくれるストレスセンサーになっているためです。この小指がある限り、僕は再び同じ轍を踏まない自信がありますし、僕を生かしてくれている自然と写真に対する感謝を忘れることはないでしょう。

      最後に大事なことなので、僕からあなたへ一言。

      「なにより、まずは、あなた自身を許してあげてください。」

      心にどんな傷を負ったか、それはあなたにしか分かりません。僕がそうだったように、いくつも同時にストレスを背負ったはずです。でも、それを分かっているあなたにこそ、まずは自分を許してあげてほしいのです。弱い自分をそのままそっくり認めてあげてほしいのです。

      もしも周りにそういう人がいる場合。
      まだ精神科に行っていないならば、まずは心療内科を併設している内科を受診させてください。早い方が回復も早くて済みます。
      それと禁句が一つ「頑張って」。本人は十分に頑張っています。頑張り過ぎたから鬱になったのです。ですので、かけるべきは「そんなに頑張らなくていいんだよ。自分を許してあげなよ。」が正解。まずは背負っている心の重荷を下ろしてあげて欲しいのです。


      、、、と、良いことを言う僕に、全国百万人の女性読者は惚れてくれていいよ(笑)





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