ヴィジョン指向のススメ | 風景写真家 落合勝博 ゆるブログ
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ヴィジョン指向のススメ
category: 写真のコラム
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    注意!このノートは創作時の個人的な考えであり、正しいかどうかは分かりません。またその他の考えを否定するものでもありません。また、返答コメントの形で大幅に本文を補足しておりますので、併せてお読みください。

    今日は、作品における心の表現について述べたいと思います。
    「初めての写真#3」で感情のある作品作りをご提案してから約8ヶ月経ちました。あなたの8ヶ月はいかがでしたでしょうか?

    最近の私は自分の内面(=精神)世界との対話を続けているわけですが、なぜそのような精神的な探求が作品を創るために必要だと考えているのでしょう?
    私は、作品には大きく分けると「ヴィジョン指向」のものと「写実指向」のものとがあるのではないかと考えています。

    ヴィジョン指向の撮影術

    「ヴィジョン指向」は私が最近自分の考えを整理するために作った造語で、もっとスマートな言葉があるのかもしれません。ヴィジョンは、人の心の中にある、世界観や願望、期待といった、モノの見え方に影響する人生観のようなものです。我々写真愛好家が各自の目を通して見た実際の風景は、自分に都合の良い部分を取り出した映像、あるいはこうあって欲しいという願望、訴えたい部分を強調したメッセージとして見えることがあります。この時に影響しているのが、私はヴィジョンではないかと考えています。そして、このヴィジョンを常に意識した撮影が「ヴィジョン指向の撮影」ということになります。作品に自分の心を投影するためには、構図や露出の知識をいくら磨いても、このヴィジョンが自分で認識できていないと作品に込めた(つもりの)心の反映が弱い作品になるように感じています。ヴィジョンは誰にでもあるもので無意識でも心を込めた作品は創れます。ただ、無意識で行う場合には「たまたま」そう感じたのでこう撮ったけれど、また別の時には何も感じなかった、あるいはまた「たまたま」別の感じで撮った、というように作品にムラが大きいように思います。

    これに対して「写実指向」の撮影というのは、自分の主観的な考えを極力排除し、目に映ったままを作品に写し取ろうという撮影方法です。主観を入れないということは、自分の世界観、ヴィジョンを作品に反映させないということです。もちろん、構図や露出という技術はこの撮影にも同様に使えます。むしろ私の場合には、ヴィジョンを意識しないで撮影していた段階でこうなっていたように思います。写実指向でも当然素晴らしい作品は創れるのですが、主観がない分、同様の他の写真愛好家との作品上の差異を付けにくく、作品の個性というものに対して、どうしても現象の「珍しさ」に頼る撮影になってしまうように感じています。これでは良い作品というのはどれだけ珍しい現象を写したかによって評価され、いきおい珍現象を求め歩く人生ということになりかねません。それも一つのスタイルではありますが、私には少し寂しい写真人生ではないかと感じます。ただ、この先には珍現象ではなく日常の姿を究極に主観を廃して表現する世界というものもあり、それはそれで一つのアート・スタイルとなります。意識せず中途半端にこの方向に流れてしまうのが恐いのです。

    光差す方へ左の作品「光差す方へ」のシチュエーションでは、最初は左の大岩に光芒が差していて華やかな感じでした。その時に見た光芒のスケールと美しさに私はひたすら光芒を画面一杯にいれて撮影していました。しかし、そこには「驚いた」「美しい」という刹那的な感情だけで、私のヴィジョンの投影が薄いことに気づきました。そこで一度冷静になって、私が本来的に表現したいことの一つ「希望に向かう(人間の)力強さ」というヴィジョンでフレーム内を整理し直しました。


    失敗したフレーミング

    私は皆様に、基本的にはヴィジョン指向による撮影の方をお勧めいたします。写真を通して自分の世界観をハッキリさせる、あるいは磨いていくということは、人生を豊かにすることにつながるように思うからです。:-)

    ※ 絵の下手さはアシカラズ。2次元の絵は書けないと前回申しあげたでしょう? :-p
    それから今回の熊本旅行での発見でもありません。そちらはまた別の機会に。:-)
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    Comment.
    おはようございます。

    ヴィジョン指向であれば、見慣れた日常の景色でも、十分に被写体になりえますね。たいせつなことは、小手先のテクニックを磨くことではないのですね。

    こちらにお伺いするようになって、撮影することの意味を考えるようになりました。

    写真撮影が、現実を忠実に再現することを目的にするのであれば、究極は、すべて同じ仕上がりになり個人差(カメラの個体差)はなくなり、写真撮影は退屈なものになります。

    また、ヴィジョン指向にはレタッチはどこまで許されるかを考えなければならず、その線引きに頭を抱えなければなりません。

    …写真撮影は、被写体探し(シャッターチャンス探し)の旅かと考えています。美しい光景を求めて、夜討ち朝駆け。時間や手間を掛けたご褒美に、神様がその瞬間に、立ち会わせてくれる。撮影者は、その光景を、感動を、忠実に伝搬するための技術を磨く。なにひとつ満足に撮影できない初心者ですが、あれやこれや考えるこの頃です。

    ありがとうございました。
    2013/03/13 7:19 AM, from 長田哲朗
    長田さん、だいぶ遅くなりました。

    世の中を写実的に写すことが写真だと仮定すると、あるところまで網羅したら、もうそれ以上、新しい写真作品は生まれなくなります。現象として網羅していまった以上、もう新しいことはなくなるからです。

    ところが、絵画は今もなお生み続けられています。

    絵画と写真の差は何か、共通することは何かと考えていた時に、こういう考え方に至りました。
    僕は、写真とは、その人の考え方を表現する手段だと考えています。それゆえ、撮影者が違えば違う表現になるはずだと考えています。
    2013/03/17 10:35 AM, from 落合勝博
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