緑一色の風景を撮れてこそ一人前の風景写真家 | 風景写真家 落合勝博 ゆるブログ
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緑一色の風景を撮れてこそ一人前の風景写真家
category: 写真のコラム
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    写真を始めたばかりの頃も、そして今も。
    あまりにも不自然に彩度を高めた写真がウェブなどには氾濫しています。
    なんで、こんなに緑っぽいの、とか。なんで、こんなに赤いの、とか、、、ね。

    たまたま見ていたあるサイトの所で、うんざりするほど彩度の高い緑の葉っぱを見て、自然はそんなに色鮮やかではないよ、レタッチしすぎだよ、と一人ツッコミを入れてみました。それで今日の記事を書こうと思いたちました。そういう意味では読者にとってはそのあまりにも高い彩度の写真に感謝、、、という回になるかも。(^_^;)

    今はなき、廃刊された月刊デジタルフォト誌で、当時、dpC1の選者を勤めていた萩原史郎さんが、いつだったか「緑一色の風景を撮れてこそ一人前の風景写真家である」というようなことを言っていたことを思い起こします。

    真意は推測ですが、僕は、青や赤など人間が本能で注目してしまう強い色の主張がない、色彩がとぼしい風景でも、一枚の写真として心に残せるような表現レベルに到達しなければならない、そういう何かを目指しなさいということかなと思いました。

    それからの僕は、素直に(笑)草原や森林、渓流を中心とした撮影を主体にするようになり。
    最初は、赤や青のない森林や渓谷の写真は面白みがないな、と思っていたことを思い出します。、、、ほんの4年前とか5年前のことですが。

    ところで、当時、絵画の勉強を始めていた僕は、画家の中には、ある時代に、突然、色彩を限定した絵画を描くようになる人がいることに注目しだすようになりました。

    一人は、ピカソ。もう一人は東山魁夷。

    ピカソには、「青の時代」というぼやっとした青系統の色彩だけで絵画を描いていた時代があります。そして、東山魁夷も最初は普通の風景画だったのが、いつのまにか緑青系の色彩で描いていっています。二人が同じ境遇であった、というわけではありません。ピカソは悲しみによって、東山魁夷はおそらく思い出と心の中を表現するために、そうなっていったのだろうと思います。

    そこには、偶然性はなくて、青の持つ独特のイメージ、つまり、悲しみ、沈静、幻想、、、青系統の色彩が持つ映像表現を意識していた、それだけは確かです。

    色彩には、どんな色にも、それぞれにイメージが伴います。赤は情熱や暑さ、青は冷感や沈静そして悲哀、黄色は危険や南国風、紫色は高貴、など。画家に限らず、感情を表現できるレベルの写真家ならば、そうしたイメージを象徴として使いこなします。その意味では緑色というのは生命力の象徴と言えるのだろうと思います。

    つまり、緑一色の風景というのは、特定の目立つ色彩を使わずに構図技術だけで生命力を表現してみろ、そういう意味だったのかな、と当時の僕は思いました。

    言うのは簡単なのですが、、、1、2作品ならともかく、実力で撮っていると言えるのはまとまった数(例えば連作で10作品以上)の作品が撮れるようになってからですから、それらの全てでその実力を示す必要があるわけです。取り組んでみると、これは、なかなか高度な要求でした(^_^;)

    そんな中、2009年7月の青森へのショートトリップの初日に立ち寄った奥入瀬渓流が僕のハートに突き刺さりました。そこで初めて写した時に、「これだ、これこそ、僕が写すべき場所だ」と直感したのです。それで、翌月の夏休みの連休は全てを奥入瀬に捧げることにしました。最初はただ夢中で撮っていたのですが、3日も滞在して撮り続けているとさすがにネタが尽きてきて、それ以上滞在して撮ることにどれだけ意味があるのか、そういう思いが募ってきました。

    同じ季節の中で、4日以上同じ場所で朝から晩まで撮影するというのは、今までの視点でモノを見ているだけでは足りなかったのです。それからは奥入瀬渓流を隅々まで、あらゆる時間、あらゆる天候の下で観察してみました。上を向いたり下を向いたり。昨日と違う「何か」がないかを必死に探しました。

    雨が降ったり、突然晴れたり、霧が出たり、夜中に目が覚めて突然撮ることにしたり、、。そうした普通は撮らない(撮れない?)状況で同じ被写体に向き合った結果、あらゆる被写体には、「撮られるべき何か」が最初から内在していて、それに気付くかどうかは撮影者自身の問題だということに気付くようになりました。

    昨日はなんとも思っていなかった1cmもない小さな虫が今日はなんだか無性にかわいく見えたり。昨日は視界に入ってすらいなかった樹木が、逆光に透けて力強く見えたり。普通だと思っていたシダ類が雨の朝には突然輝きを放ったり。天候や気分、あるいは時間の変化といったものがどのように自分の心、自分の撮影に影響を与えるかを、いつしか自分と対話しながら、確認しながら撮影できるようになっていました。

    本当に探さなければいけないことは、実は最初から自分の中にあったのです。

    最初の滞在は9日間。その最後の日、僕はまだこの奥入瀬渓流の魅力を全然撮り尽くせていない、また来ようと思ったのです。それから1年間のべ30日間に渡って、ちょこちょこと奥入瀬渓流に通い続けるようになったのでした。

    緑一色、と言っても、色々な写し方があるものです。
    自分の心がどう思うか、限界を超える試練を自ら課してみることも成長には必要なことです。

    そういえば同じような試練に、50mm単眼で撮るというものがありますね。固定焦点だけで撮り続けるためには、被写体をどう撮ったらいいか特別な配慮が必要になります。、、、そういえば、これも40D+24mm(=おおよそ40mm単眼と同じくらい?)で香港でやってみてました(笑)。

    当時の奥入瀬渓流の写真はこちら
    その写真をまとめて個展をした時のムービーはこちら
    香港の写真はこちら




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